韓国における感情的分極化と投票参加

2022年度 日本政治学会総会・研究大会 「政治的分極化の比較分析」

磯崎典世1・宋財泫2

1学習院大学 2関西大学

2022年 10月 1日@龍谷大学

問題設定

背景

  • 政治的分極化による民主主義の機能不全(Hacker and Pierson 2005)
  • 政治的分極化を拡大させる要因として感情的分極化(Iyengar et al. 2019; Orhan 2021など)
    • 個人が愛着を持つ政治集団(内集団)と、それに反対する政治集団(外集団)
    • 内集団を肯定し、外集団には敵意を向ける。
  • 以上の議論は主に政党組織/システムが安定した欧米が対象
    • 民主主義の歴史が比較的浅い新興民主主義国家において、社会の対立が政治領域の分極化に繋がるのか。選挙過程での分極化の進展に着目
      • 新興民主主義国家でありながら、比較的安定した選挙が行われている韓国を対象とした分析​

韓国における感情的分極化

  • 地域対立からイデオロギー、世代、ジェンダー、社会階層間対立へ(地域対立も残存)
  • ローソク革命(朴槿恵弾劾)による保革勢力の大衆動員から対立の激化(鄭ドンジュン 2018)
    • 感情的分極化 \(\propto\) 党派性、イデオロギー、争点選好の強度(金ギドン・李ジェムク 2021)
    • 感情的分極化が非政治的領域(結婚など)へ与える影響(張スンジン・張ハニル 2020)
    • \(\Rightarrow\) 政治的領域(民主主義そのもの)への効果は?
  • 政治勢力(政党/有力政治家)に対する感情的分極化とその支持者に対する感情的分極化
    • \(\Rightarrow\) 非エリートへの感情的分極化が、選挙過程にいかに増幅して、どんな効果をもたらすのか?

韓国における対立軸

  • 回答者が認識する韓国の対立(第2波調査)

仮説

  • 内集団の候補者が当選することによって高い効用を獲得し、外集団の候補者が当選することによって低い効用を獲得
  • 感情的分極化の程度が大きい有権者の場合
    • 効用の差(expected party differential)が拡大 \(\Rightarrow\) 選挙を「高い賞金を巡る競争(high stakes competition)」と認識(Ward and Tavits 2019)
    • 合理的有権者の投票参加モデル(Riker and Ordeshook 1968)における\(B\)項に相当
      • \(\Rightarrow\) \(B\)は投票参加と正の関係


  • 仮説: 感情的分極化の程度が大きい有権者ほど、投票に参加する傾向がある。

なぜ韓国か

  • 一次的選挙(first-order election):政権選択に関わる選挙(Reif and Schmitt 1980)
    • 韓国の大統領選挙; 注目度が高く、そもそも投票率が高い
  • 二次的選挙(second-order election):一次的選挙以外の選挙
    • 韓国の国会議員選挙、地方選挙
    • 中でも地方選挙は注目度が低く、比較的、真空状態に近い状況(三次的選挙?)
    • 地方選挙における高い政党の組織化率(拘束名簿式比例代表の存在; 地方選挙と国政のリンクの強さなど)

韓国の投票率の推移

分析方法

データ

  • Dynata社にパネル登録した18歳以上の韓国人
    • 割付は行われず、国勢調査に基づき、分析の際、事後補正(性別・世代・地域)
  • 調査期間
    • 第1波:2022年5月25日〜31日
    • 第2波:2022年6月2日〜6日
  • サンプルサイズ
    • 第1波:2,009名
    • 第2波:1,002名(全員、第1波回答済み)
  • 調査方式:インターネット(Qualtrics)

感情的分極化の測定

  • 感情温度を使用した感情的分極化の操作化
    • 感情温度は主要3政党主要3候補者主要3政党の支持者主要3候補者の支持者に対する感情温度に対して測定し、4種類の感情的分極化指標が得られる。
    • スライドでは、説明変数として「主要3政党に対する感情的分極化」を使用
      • 主要3候補者(政党):李在明(共に民主党; 中道革新)、尹錫悦(国民の力; 中道保守) 、沈相奵(正義党; 革新)
  • 感情的分極化の操作化: Wagner (2021)

\[ \mbox{AP}_i = \sqrt{\sum_{j = 1, j \neq q_i}^3 v_j(x_{ij} - x_{iq_i})^2}. \]

  • \(i\): 回答者 / \(j\): 政党(の支持者)、候補者(の支持者)
  • \(\mbox{AP}_i\): 感情的分極化の度合い(\(0 \leq \mbox{AP}_i \leq 100\)
  • \(v_j\): 2022年大統領選挙における主要3候補者の得票率
  • \(x_{ij}\): \(j\)に対する\(i\)の感情温度
  • \(q_i\): 最も好む\(j\)

モデル(1)

  • 応答変数1:投票参加の意向(第1波で測定; \(\mbox{Intention}_i \in \{1, 2, 3\}\)
    • 線形回帰分析

\[ \widehat{\mbox{Intention}_i} = \beta_0 + \beta_1 \mbox{AP}_i + \sum_{j = 1}^{J} \gamma_{j}X_{ij}. \]

  • 応答変数2:投票参加(第2波で測定; \(\mbox{Turnout}_i \in \{0, 1\}\)
    • ロジスティック回帰分析

\[ \widehat{\mbox{Pr}(\mbox{Trunout}_i = 1)} = \mbox{logit}^{-1}(\beta_0 + \beta_1 \mbox{AP}_i + \sum_{j = 1}^{J} \gamma_{j}X_{ij}). \]

モデル(2)

  • 説明変数:感情的分極化
    • 政党、政党の支持者、候補者、候補者の支持者に対する感情温度の基づいて操作化された計4種類(メインの結果は政党に対する感情的分極化)
    • \(\Rightarrow\) 計8モデル(2つの応答変数 \(\times\) 4つの説明変数)
  • その他共変量:性別、年齢、最終学歴、世帯収入、出身地域、居住地域、政治関心、内的政治的有効性感覚、外的政治的有効性感覚、保革自己認識
  • 2015年国勢調査の性別・世代・地域に基づき、重み付け
    • 党派性、投票有無、重みなしでも(ほぼ)同じ結果
    • 推定結果の詳細はonline appendixを参照

分析結果

推定結果

  • 一つのモデルを除き、本研究の仮説を支持
    • 感情的分極化の拡大 \(\rightarrow\) 投票参加

感情的分極化 投票参加の意向 投票参加
政党 0.004 [0.003, 0.005] 0.017 [0.002, 0.033]
候補者 0.002 [0.001, 0.004] 0.011 [-0.002, 0.024]
候補者の支持者 0.003 [0.002, 0.004] 0.017 [0.003, 0.032]
政党の支持者 0.003 [0.001, 0.004] 0.014 [0.002, 0.027]

予測値

  • 政党に対する感情的分極化が最小値から最大値へ変化した場合…
    • 投票意向: 約0.3\(\uparrow\) / 投票参加: 約8.2%p\(\uparrow\)

効果量

  • 投票意向:約0.4〜0.5SD分 / 投票参加:約0.2〜0.3SD分
最小値 最大値 差分 効果量
投票意向 (SD = 0.565)
 政党 1.582 1.882 0.300 0.532
 候補者 1.610 1.851 0.241 0.427
 政党の支持者 1.606 1.914 0.309 0.547
 候補者の支持者 1.608 1.864 0.256 0.454
投票参加 (SD = 0.308)
 政党 0.874 0.956 0.082 0.265
 候補者 0.882 0.950 0.068 0.220
 政党の支持者 0.871 0.965 0.094 0.306
 候補者の支持者 0.869 0.949 0.080 0.261
注: 標準偏差は性別・年齢・地域で重み付け

おわりに

  • 結論: 感情的分極化は投票参加を促す(効果量は約0.25SD分)
    • これまで注目されてきた政党に対する感情的分極化だけでなく、候補者やその支持者への感情的分極化についても同様(online appendix参照)
    • 「政治に対する感情」よりも「政党の支持者に対する感情」の方が効果量が大きい
  • 含意
    • 高い投票率が望ましいのであれば、感情的分極化は民主主義にとって良い現象か
      • 感情的分極化が進んでいる有権者が過剰代表される可能性
      • \(\Rightarrow\)(政党・候補者が応答的であれば)対立の再生産へ
    • 感情的分極化と民主主義の質の低下(Harteveld and Wagner 2022) \(\Leftrightarrow\) Brookman et al. (2022)
  • 課題
    • 国政選挙(大統領、国会議員)選挙における感情的分極化の役割
    • 選挙区レベルの競合の度合い(地域主義による、無投票当選や低投票率)
    • 支持者ではなく、「20代男性」、「改革志向の女性」のような集団に対する感情的分極化